こんなものいらない

あって当然だと思っているが、よく考えるといらないもの、ない方が生活の質が向上するものを挙げていきます。

授業ノート

学習指導要領と文科省検定教科書によって、授業内容が標準化されている小中高では、授業ノートをつけるのは時間の無駄である。メモはいいが、逐一授業を記録しないでいい。

教員の裁量が許される大学においてすら、標準的な知識は、学生生協で売られている専門書に収録されている。教員の裁量に従う必要はない。教員の授業よりも、専門書の方がはるかに水準が高い。授業ノートは、せいぜい、教員の指示や試験範囲を記録するためにある。
知識は自分で本を読んで憶えるしかないし、それがもっとも効率的である。

学生の書く授業ノートを点検してまわる教員がいるが、一体、何を伝えようとしているのか理解に苦しむ。

しかしながら、最近は、単位認定試験に際して、自筆ノートを持込可とする科目があるので、学生は無駄と知りつつ、ノートを書かざるをえない。学生の学力が低下しているため、そのくらいの下駄を履かせないと、まともな答案が書けないのである。この場合は、授業などやらず、専門書の筆写、「写経」をやらせた方がよほどましだと思う。